愛着と慈しみは全く違うもの
だからこそ巻之18で京都から帰ってきたあとの二人はドキドキラブラブというよりは「自然にしっくりしてる」距離感になってるんだなと益々腑に落ちる。この左之助が評したように「自然にしっくりしてる」状態が基盤にあって、その上で注ぎ続けた水が満ちたコップから時折溢れ出るように互いに豊かな感情がその時々であふれる、という感じだったらいいなと思う。互いのコップに水をそっと注ぐように慈しみ合う二人が私はいとおしくて胸がいっぱいになるし、和月先生からこの言葉を聞けて本当に嬉しい。 #る
人として絆を深めていった先に共に生きる道を選び取って今があるんですね……____「お帰りなさい」「ただいまでござる」「私は剣心と一緒にずっと居たい」「今一番大切な人」をはじめとした原作のセリフの重みと眩しさと表現の秀逸さに何度も唸ってしまう。本当に素晴らしい言葉選びと物語進行すぎる。 #る
剣心と薫は男女の恋愛というよりは、
ゆっくりと深まっていく人の絆という感覚で
描いていました。
そしたらキャラクターたちが勝手に動き出して
こうなった、という感じです。
『るろうに剣心祭 京都動乱開幕戦』で原作者の和月先生への「剣心と薫の距離感を描くうえで特に大切にしていることは」という質問とその回答が本当に最高すぎたので大きく書き出して貼っておきたい。 #る
今日は『るろうに剣心祭 京都動乱開幕戦』!PVも公開されて益々10月が楽しみだ〜!
選挙に行くたびにユポ紙の書き心地、を思う。
弥彦が剣心の過去を聞いたあと「剣心の強さ…あれは飛天御剣流の強さだけじゃなく死ぬよりも辛い心の痛みに耐えて生きてきた強さがあってこそのもの」「俺は本当の意味で強くなりたい」って言ってあの練習を十日で一万回こなして奥義を会得しようとひたむきに努力してる姿に本気で涙が出てくる。 #る
一発で形を捉えるのが本当に苦手で描いては消してを繰り返して整えていくタイプなのをどうにか矯正したくて4月にちょっと始めてみた練習ノート、たった2日で挫折してるのを改めて見つけてしまってちょっと落ち込む。持続力ないにもほどがある。
クロッキーにせよフィルムスタディーにせよファンアートにせよ圧倒的に描く量が足りてないのが一番の課題。
クロッキーにせよフィルムスタディーにせよファンアートにせよ圧倒的に描く量が足りてないのが一番の課題。
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うれしすぎる!!!
弥彦の引っ越しのために左之助が暮らしてた長屋をみんなで掃除する話とか、央太が長屋に住まう話とか(神谷道場に暫く身を寄せてもめちゃくちゃいいけど北海道編読むと違うところに住んでるっぽいので)、長屋周りのあれこれを考えるのも楽しすぎる。 #る
きっと比古師匠は自然の変化にも敏感だろうけど、年中行事というよりはただそこに在るものを在るものとして捉え生活に活かし慈しめるイメージ。星の動きとか風の匂いとかの知識を剣心はなんとなく覚えていて、そういう幼い頃の知識と薫殿の暮らしへの眼差しがどこかでリンクしたらいい。 #る
実は剣心が作中で唯一明確に料理してる場面って雷十太編の🍙だけかもしれない。
薫殿が料理苦手なのは描写されてるけど「剣心が料理上手」ってことは原作では描かれてない気がする。相対的に「薫殿よりはいい」ってだけで。その割にやたら料理が上手なイメージついてる気がする。
ということを踏まえた上で至って普通に剣心が料理するだけの二次創作したい。北海道編で薫が料理上達している感じがあるので、二人で料理を練習するのもいい。
私は薫殿が東京編で剣心たちにおはぎを作ったのは『お彼岸だったから』なんじゃないかという説を勝手に唱えていて(泥まんじゅうと言われてたけど)、剣心は日常的な家事は熟せても年中行事についてはそういう生活と縁遠かったのもあって割と疎い部分もあったりするんじゃないかな〜、と思っている。
お彼岸には、毎年越路郎パパとおはぎ(ぼたもち)作ってたのかなあ〜。いつもは越路郎パパと作ってたし剣心に手伝ってもらわなくても自分一人でいけると思ったら全然ダメだった、でもいい〜。パパの料理の腕前がどんな感じかわからないから色んなパターンがアリで楽しい。
日々の家事は剣心が率先してやるけど、年中行事的な、季節を感じるものについては薫殿が主導なイメージがある。薫が率先してそういうことをやってくれるしそのことに対して剣心は毎回ささやかな感動を覚えてほしい。
#る
薫殿が料理苦手なのは描写されてるけど「剣心が料理上手」ってことは原作では描かれてない気がする。相対的に「薫殿よりはいい」ってだけで。その割にやたら料理が上手なイメージついてる気がする。
ということを踏まえた上で至って普通に剣心が料理するだけの二次創作したい。北海道編で薫が料理上達している感じがあるので、二人で料理を練習するのもいい。
私は薫殿が東京編で剣心たちにおはぎを作ったのは『お彼岸だったから』なんじゃないかという説を勝手に唱えていて(泥まんじゅうと言われてたけど)、剣心は日常的な家事は熟せても年中行事についてはそういう生活と縁遠かったのもあって割と疎い部分もあったりするんじゃないかな〜、と思っている。
お彼岸には、毎年越路郎パパとおはぎ(ぼたもち)作ってたのかなあ〜。いつもは越路郎パパと作ってたし剣心に手伝ってもらわなくても自分一人でいけると思ったら全然ダメだった、でもいい〜。パパの料理の腕前がどんな感じかわからないから色んなパターンがアリで楽しい。
日々の家事は剣心が率先してやるけど、年中行事的な、季節を感じるものについては薫殿が主導なイメージがある。薫が率先してそういうことをやってくれるしそのことに対して剣心は毎回ささやかな感動を覚えてほしい。
#る
こういう表現もっといろんなバリエーションで考えたいしそれぞれの表現ももっと伝わりやすくブラッシュアップしたいな。 #る